現在、参議院において安保法案の審議が続いています。
しかしながら、国会ではとても論戦とは言いがたい低レベルな、議論に終始しています。

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本来、国家の安全を守るために必要な法整備をするのは当たり前のことで、普通の国(大衆の言論レベルが高い国)であれば、全国民がまとまって賛成すべき法案です。
なぜ今、この集団的自衛権や安全保障の仕組みを整える必要があるのかを、真剣に考えない「意思のない反対」が多数を占めています。

国会では、発言を問題視したり、防衛省のメモの問題などを野党は取り上げて、攻撃しているように思えますが実際何も与党にはダメージを与えていないと考えます。
それは論理的に集団的自衛権が不必要だと、主張できていないからです。
他の材料を使って、少しでも与党の支持率を下げたい。そのような行動にしか、見えません。

そこで重要なのは一般大衆、いわば国民の政治に対する監視の目が重要になってくるわけです。
与党の間違った政策に目を光らせる。野党の理不尽な手法に騙されない。正しいことは何なのか。それを意識することで日本の言論レベルは上がっていくのではないでしょうか。


論理的な主張を、身につける。それには多少の知識を取り入れる必要があります。
今日からシリーズで、賛否が分かれる安保法案について、安全保障論を用いて皆さんに役立てればと思います。

国を守る手段。いわゆる安全保障の手段には様々な手法があります。日本の場合、現在は攻撃を受けたときのみ個別的自衛権として反撃が可能になっています。
17世紀に活躍したグロチウスという人物は、戦争を「正しい戦争」と「不正な戦争」に区別しました。
当時のヨーロッパでは血で血を争う宗教戦争を少しでも抑制しようという考えがありました。そのなかで主権を守る行為など、「許される戦争」認め、侵略や残虐な行為を禁止する、
戦時国際法を整備することを主張しました。

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これを「正戦論」と呼びますが、現代においてこの解釈が美化されて、シリアやイラクを拠点とするIS(自称イスラム国)は「正戦論」=「聖戦」と解釈しているように思えます。
俯瞰して国際情勢を見ていると、かつてヨーロッパで巻き起こった宗教戦争がの時代に戻りつつあると、私は懸念しています。
この理論だけでも、現在の国際情勢は緊迫していると、説明ができるわけです。

安全保障の手段として、有効的なのは集団的自衛権です。
国連憲章では武力行使は基本的に違法と定められていますが、
「強制行動として安保理が容認した武力行使、個別的自衛権に基づき行使される自国防衛のための武力行使と、集団的自衛権に基づいて同盟国を防衛するための武力行使」
は認めるとしています。
つまり、個別的自衛権は日本がどこかの国から攻撃を受けている事態ですので、当然反撃しなければ国民の命を守れない。

重要なのは集団的自衛権において、「同盟国を防衛するための武力行使」の部分です。ここを理解しましょう。
同盟とは国家の安全を維持するために、現代において必要不可欠です。日本はとても一国だけで、つまり自衛隊だけで日本国民の命を守ることは不可能です。
日本にはアメリカという強力な同盟国がバックについています。これが抑止力です。(敵国からすればアメリカがいることで、日本に攻撃をしにくくなる)
国連憲章に書いてある文章をそのまま解釈すると、
「日本がまだ直接攻撃を受けていない時に、アメリカが危機を取り除くために日本の防衛のために艦船や戦闘機、海兵隊を展開した場合、自衛隊は武器を使用し、アメリカの兵隊を援護、支援をすることができる」
ということです。それはアメリカが同盟国だからです。普段から日本を守るために活動しているからです。

しかし、妄想的な平和主義者が多い日本において、この国連憲章の条文そのままに集団的自衛権を行使することは不可能だと考えた安倍首相は、自衛隊の活動範囲を限定することで理解を得て、少しでも日本の安全、国民の安全を守れる体制にしようと考えたわけです。

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同盟という仕組みは世界のあらゆるところで、結ばれています。NATO(北大西洋条約機構)もヨーロッパの安全保障に大きく寄与しています。

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このような安全保障の手段、特に集団的自衛権という仕組みは長い国際政治の産物として考えて良いでしょう。
国を守ること。つまり安全保障の考え方の基本は、
「誰が、誰を、何から、どのように、守るか」という図式で表すことができます。
「日本は、日本人を、考えられる脅威から、どの手法で、守るか」
この考えができれば、集団的自衛権の重要性が理解しやすくなるでしょう。

安保法案反対派は、国連憲章の条文を読んだことがあるのでしょうか。
左翼派は普段、「人権を大切しろ」「慰安婦問題を謝罪しろ」と国連でロビー活動を展開していますが、その国連の定めたルールを無視していませんか?
国連軽視の考えは、左翼派なのではないでしょうか?

また日本国憲法もしっかり読んでいるのでしょうか。
憲法9条を盾に、集団的自衛権を反対している方々は矛盾しているのではないでしょうか。
9条は平和憲法ではありません。9条の間違った解釈で、日本国民の生命の危険が増えるようでは支離滅裂です。
そして、9条があるから戦争は起こらないとは、どこにも書いていません。日本が攻撃されて自衛隊は国民を守るために、反撃をします。その時点で戦争なのです。

そして集団的自衛権は侵略戦争ではありません。戦争を未然に防ぐために行動する安全保障の一つの手法なのです。

安保法案の賛成意見、反対意見があるのは当然です。
民主主義国家である日本において、言論の多様性は歓迎すべきことです。

しかし、論理が矛盾する主張は日本の将来を危うい方向へ導きかねません。
デモで叫ぶだけでなく、反対する理由を明確にして、論理的に説明できるようになるべきです。なおかつ日本国民をどう守るのか、対案も出すべきです。
そして討論の場で、正々堂々と議論すべきではないでしょうか。

次回は、「勢力均衝論から見る安保法案」と題して、お届けします。


記事執筆・Mitsuteru,odo
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