ロシアを動かすのは至難の業


201692日 古川 光輝



安倍首相の本気度



 「問題の前進には首脳同士の率直なやりとりが不可欠だ。首相は強い思いで議論に臨む」

この発言は831日に菅官房長官が記者会見で述べた言葉である。どうやら安倍首相は本気でロシアに向き合っているらしい。


 いよいよ日露首脳会談が行なわれる。安倍首相は、今日(92日)からロシアのウラジオストクで開催される国際経済フォーラム「東方経済フォーラム」に出席するのに合わせて、プーチン大統領と日露首脳会談を行う予定。会談は5月のロシア南部ソチ以来で約4カ月ぶりになる。

日露首脳
 


 前回ソチで行なわれた会談では日本側が新たな経済支援策を提示し、国民を驚かせた。「8項目の経済協力プラン」は日本側が大きく踏み込み、経済協力を機に北方領土問題の解決を目指す姿勢を鮮明にした。今回の会談でも、この8項目の協力プランへの取り組み状況や担当閣僚の新設を伝え、領土問題を前進させるための「新アプローチ」についても意見交換する模様。ロシア経済担当大臣に就任した世耕氏も首脳会談に同席する予定。また、外務当局幹部が同席せず、両首脳だけで通訳を交えて話し合うことも検討していることが明らかになっている。


 まさに安倍首相は本気でロシアと向き合っている。ロシアとの長年の懸念である北方領土問題の解決に向け、安倍首相は電話会談などで積極的にプーチン大統領とコンタクトを重ねてきた。そして12月にはプーチン大統領を安倍首相の地元・山口県に招いて、会談することも決定している

。その際に北方領土問題を含む日露交渉の「成果文書」を発表することも視野に調整しているようだ。


 ちなみにロシアの大統領が日本を訪問するのは、平成2211月に横浜で開催されたAPEC首脳会議の際に、当時のメドベージェフ大統領が日本を訪問して以来のこととなる。



楽観論は禁物



 しかし相手はロシアである。一筋縄ではいかない相手である。これまで日本は何度も痛い目に遭ってきた。そして国際的にもロシアの帝国主義ぶりは一種の恐怖感を与えている。クリミア侵攻は今も記憶に新しい出来事であるし、シリア内戦への積極介入でアサド政権を擁護する姿勢は、国際社会の賛同を得られていない。


 これまでも日本政府やマスコミは、日露関係の改善に期待感を示してきたが、会談や交渉の直前になってロシア政府筋が不可解な発言をし、「交渉は簡単にはいかない」という現実に打ちのめされた経緯が何度もある。

(参考記事 「帝国主義ロシアの北方領土に対する不誠実な対応」)

http://japan-in-the-world.blog.jp/archives/1056829246.html


 例えば今回の首脳会談の前にもロシアはあらゆるところで、日本の出方を探っている。92日のブルームバーグにプーチン大統領のインタビューが掲載されていた。「日本の友人らとこの問題の解決策を見いだしたいと強く望む」と期待感を示した一方で、「ロシアが現在、中国との間で築いているのと同じぐらい強い信頼関係を日本とも構築できれば、われわれは何らかの妥協点を見いだせる」と発言した。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-09-02/OCUKNS6KLVRL01


 日本が中国と同じくらいの信頼関係で、というのは日本側からすれば不可能である。日本にはアメリカという同盟国が存在する限り、敵対する中国のように対米戦略の一環としての外交戦略は取れない。中国がロシアと緊密に連携する理由は明らかに対米戦略の向上なのである。よってプーチンの発言は、最初からそんなことは不可能だと知りながらの発言なのである。ボールは日本にあるとでも言いたいのだろうか。


 また、ロシアのペスコフ大統領報道官は記者会見で「ウラジオストクで2日に開かれる露日首脳会談でプーチン大統領と安倍首相はクリルについて話し合うが、これは主要テーマにはならない」

と発言。大統領報道官が北方領土はテーマにならないと断言したのは、大ニュースである。これは日本が抱いていた期待感と、楽観論を見事に砕く発言となったのは言うまでも無い。



経済協力とロシアカードは保持しておくべき



 とはいえ日本はロシアとの関係を無駄にしてはならない。アメリカの国際的影響力が低迷するなかで、日本としてもアメリカ頼みの外交に終止符を打たなければならない。ましてやロシアは隣国である。日本は周囲国にロシア、中国、北朝鮮という軍事的脅威を抱える国家と隣同士という現実に頭を抱えている。韓国はアメリカと同盟関係にあるが、日本とは政治的な対立(正直に申し上げれば韓国側が拒絶している)を抱え、真に協力関係を築いているとはいえない。


 日露関係はこのような視点で見れば、改善のチャンスはある。幸いプーチン大統領と安倍首相の関係は良好で、信頼関係がある。このチャンスを十分に生かし、日本外交の選択肢を広げるべきである。


 日露両首脳は北方領土問題を含む平和条約交渉を、今までの発想にとらわれない「新しいアプローチ」で進めていくことで一致しているし、プーチン大統領も前向きな姿勢だ。キーワードはやはり「経済協力」であり、確実に前へ進めて、領土問題につなげたい。


 具体的に考えてみると、主な経済協力のなかでも資源分野での協力が先行して進みそうだ。ロシアの国営石油会社「ロスネフチ」および国営ガス会社「ガスプロム」は、日本企業と、石油およびガスの生産および精製に関する新たなプロジェクトの共同実施について協議している最中である。極東開発で協力することはロシアの政策とも一致するし、強力な「仮り」を作ることになるだろう。


 ロシアのウシャコフ大統領補佐官「独立系天然ガス生産・販売会社『ノバテク』は、日本の『日揮』および『千代田化工建設』の参加を得て、『ヤマルLNG』液化天然ガス工場を建設する。これに続くのがプロジェクト『北極LNG2』。ロスネフチとガスプロムは日本企業と、炭化水素の生産および精製に関する新たなプロジェクトの共同実施について協議している」と述べ、両国の経済協力は確実に実行されていることがわかる。


 しかし油断してはならないのは、中国の存在である。94日に中露首脳会談が予定されており、そこで何らかの新たな締結があると見込まれる。恐らく大規模な経済協力であろう。日本がロシアとの連携を模索していることを、中国も見逃すはずがない。中国は協力な対米戦略のパートナーであるロシアとの関係を非常に大事にしていることがわかる。


 言ってみれば、日米同盟と中露同盟の構図になっているのだが、そこに日本が切り崩しにかかっていくと考えれば、今回の首脳会談は非常に興味深いものになる。中国の焦りも垣間見えるだろう。一方で同盟国の日本がロシアとの接近を試みている現状をアメリカはどう見ているのだろうか。アメリカ国務省のカービー報道官は記者会見で、「日本とロシアが両国の外交関係を検討のうえ、決断したことだ。アメリカ政府が懸念したり心配したりするものではない」

「ロシアのウクライナでの行動やクリミアの併合について、われわれは懸念をしており、今はまだロシアとの関係を通常の状態に戻すべきではないという考えは変わらない」


 様々な解釈が可能な発言だが、アメリカは日本を駒にしてロシアの動きを注視していることは言うまでも無いだろう。日本は軍事的政策を実行できないことで、ある意味で中立的な国家と言えるので、その日本があらゆる手を使い、ロシアや中国へコンタクトを取ることは非常におもしろい。安倍首相はロシア出発前の記者会見で、「胸襟を開いてじっくり話をし、平和条約、領土問題を前進させたい」と決意を述べた。新たな外交カードを手に入れるべく、安倍首相は、プーチン大統領との会談に臨む。



(古川 光輝)
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