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いじめ問題は国策として取り上げるべき だが、いじめ撲滅は不可能なのが現実

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いじめが原因による自殺事件が多発している。
いじめ自体は昔から存在する問題であるが、社会問題として国民に認識されたのは最近になってからである。
それは、「いじめの定義」があやふやだった点と、「いじめのハードル」が低くなったことが国民への認知につながったと思われる。


いじめの定義と現代のこどもの思考

いじめTOP



日本は国としていじめの定義を次のように定めている。

1、自分よりも弱いものに対して一方的に
2、身体的・心理的な攻撃を継続的に加え
3、相手が深刻な苦痛を感じているもの

と定義付けされている。しかし、「その判断には表面的・形式的に行なうことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行なうことに留意する」とされている。
さらに平成18年度の生徒指導上の調査以降、いじめの定義が追加され、

「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」も、いじめと認められることになっている。


世の中には何でも基準となるものや、見本のようなものが必要なケースが多い。それに照らし合わせて人々はルールを守り、生活している。
しかし、いじめのような多種多様なケースが想定される場合、そのルールやガイドラインは無効化、さらには悪循環を生むケースが多々ある。
ルールに合わないから実際起こっているいじめを無視し、自殺を引き起こすケースもあるに違いない。


あくまで定義であり、柔軟に解釈するべきものだが、いじめとは何か、を考えたときにこの定義を利用する場面が多い。
今後もこのいじめの定義は世の中の人に多く読まれることになるだろう。いじめ行為を受けたことのない人や、いじめの場面に遭遇してこなかった人からすれば、いじめの意味やいじめの実態すら知らない人がほとんどである。
その時にいじめとはどういうものなのか、言葉として理解するには、この定義を読むしかないのだ。


学校や子どもの世界の現場で、いじめと認定することは難しい。どうしても後手後手に回るのがいじめ対策なのだが、果たして効果的ないじめ防止策は存在するのだろうか。
子どもの思考で考えれば、それがいじめだとわかっていて行なっているケースと、そうでないケースがある。
子どもの思考回路はまだ未熟で、善悪の判断がまだ成熟していない。だから少年法というものが存在する。だからといっていじめ加害生徒を擁護するわけにはいかない。
これだけ世間がいじめ問題、自殺問題に関心を持っている中で、そして学校内でもいじめ問題についての授業が増えるなかで、未だにいじめが耐えないのが現実である。


これだけいじめは悪であり、命を奪うものであることが叫ばれても、いじめ自体はなくならないのが子どもの世界なのである。
いくら「いじめ撲滅」「いじめ根絶」と叫んでも、子どもの世界には通じないことがあることを理解しておきたい。


残念ながらいじめは無くならない
それが現実


先にも述べたが、昔から学校現場でいじめ行為は存在した。暴力行為や、嫌がらせ、悪質な発言等で苦しんだ大人たちもいるだろう。
その時代から何が変わったかといえば、いじめ行為の多様性、自殺への制御が利かなくなったことがあげられる。


暴力性を伴うものや、外見などを理由に暴言や嫌がらせを行なったり、集団で一人の児童を追い詰めたりする。
そして今の時代になりあ、新たないじめの手法が見つかっている。それは「SNSいじめ」である。
LINEでグループから退会させられたり、故意的に「既読スルー」をされたりするのが主な特徴である。


まさに時代を反映したものである。現代はSNSに依存した社会になっており、子ども達の世界でもSNSでの連絡手段がもはや普通である。
子どもだけではなく、社会人、高齢者までもがSNSを活用して生活をしている。依存しているということは、SNSの影響力は多大であり、実際社会と同じようにいじめ行為が可能という訳だ。
まさかLINEでいじめ!?大人たちは思うこと無かれ。これが子どもの世界で行なわれている実態である。

LINE いじめ1

LINE いじめ2

LINE いじめ3


しかし勘違いしてはならないことがある。スマホが普及してSNSが流行っているが、すべての問題がSNSにあるのではない。
スマホが普及しなければ、いじめが減ったかといえばそうではない。子ども達の道徳心や善悪の判断が間違っているということである。
スマホやSNSは「いじめの手段」であり、道具に過ぎないのだろう。いじめ行為で暴力や暴言を吐くことと同じように。


最大の問題はいじめが原因による自殺をどう防ぐかである。
いじめを受けている生徒自らが教師や親に勇気を振り絞って、自分がいじめに遭っていることを打ち明けることが理想的なのだが、それが一番難しい。
第三者に言うことで、いじめがエスカレートするのではないか、と考えるからだ。


「自殺する方もにも問題がある」という趣旨の考え方を持つ人もたくさんいるだろう。
ダウンタウンの松本氏もそのような考えを発言していたが、その側面も当然考慮しなければならない。
原因がなんであれ自ら命を絶つことは決して望ましいことではない。家族、友人、社会全体に影響を及ぼす行為であることは間違いない。


自殺は自殺を呼ぶ、と理論がある。
ニュースでの報道やネットでの拡散が、自殺を考えている人々の背中を押してしまう現象だ。
「あ、私も自殺しよう」と考えてしまうのだ。これは本当に大きな問題であり、改善sていく必要がある。
しかし、自殺事件を規制することはこれまた違和感がある。マスコミには自殺報道に関するマニュアルみたいなものが存在し、それは内閣府が作成した資料であることも明らかになっている。
参考→「自殺予防 メディア関係者のための手引き」内閣府 http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/link/kanren.html


例えばセンセーショナルな報道をしないこと、自殺の手段や行為を詳しく報じないことなどを、求めている。
一見、報道の自由の視点から見れば矛盾しているように思えるが、やむを得ない。
メディアはその影響力を自覚するべきであるし、報道することで逆に自殺を誘発するようなことがあってはならない。
本来なら社会問題であることをクローズアップして、自殺は決してやってはいけない、ということを認知させることが重要だ。


しかし自殺を考えている人たちは極限状態であり、精神的には限界を超えている状態である。
いくら第三者が「自殺はダメだ」「自殺するなんて信じられない」と言っても聞く耳を持たない。
逆にその言葉が不愉快に感じ、孤立感を抱いてしまう。「そんなことはわかっている。でも、もう限界だ」と来るんでいる人がこの日本にはどれだけいるのだろうか。


これからもいじめ問題と自殺予防の研究を続けていくが、正直に申し上げて万能な解決策に出会えるかどうか自信が無い。
かといって、政策論や精神論に逃げるつもりもない。
あくまで子どもの視点に立ち、または自殺願望のある人々に寄り添い、一緒に解決していく必要があると考えている。
日本が抱える深刻な社会問題であることに変わりないのだから。


Mitsuteru.O


いじめ自殺の責任を取らない学校側の不謹慎な対応

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2013年8月にLINEいじめなどを受けていた、熊本県立高校の1年生の女子生徒が自殺した問題で、学校の調査委員会は「いじめが自殺に直接的な影響を与えたとは認めがたい」とする報告書をまとめた。
とんでもない判断である。この生徒がいじめ以外に自殺する要素が他には見当たらない。第3者が見てもそう思える事件なのに、調査委員会がその事実を認めないのはなぜなのか?


学校のイメージを守るため?

いじめ孤独
 
いじめによる自殺事件が多発するなかで、まだこのようなことが起こるのか、と驚いてしまう。これは”隠蔽”と同じようなもので、「いじめが原因」であることは誰が見ても決定的なのに、調査委員会はそれを認めない。
ましてやその報告書の最後に「絶望感から『うつ状態』に陥り、何らかの理由で自殺した可能性が高い」と結論付けている。
「可能性は高い」が「自殺の原因ではない」と決定付けることができるのはなぜだろうか?まるで言葉遊びをしているように思える。

当然ながら、自殺した生徒の遺族は「納得できない」として、県条例に基づく第3者委員会の設置を求めることにしている。
誰がどうみても納得できない。それが普通の感覚だ。
問題のLINEの内容だが、いじめによる暴力を示唆する「レスキュー隊呼んどけよ」や身体的特徴をからかう言葉など、5つのいじめ行為があったと認定している。
ここまでいじめの度合いが高く、しかもいじめがあったことを認めているのに、自殺原因ではないと結論付けるということは、自らの身を守ることしか考えていないのではないか?

まだ、いじめ対応のレベルはこんなものなのか、とあきれるばかりだ。これだけ自殺者が増え、社会問題になっているにも関わらず、昔と変わらない隠蔽体質がまだ現場に”こべりついている”。
誤解のないように付け加えるが、教員の中には立派な先生もいて、いじめ対策に全力で向き合う素晴らしい方々もいるのだ。それなのに、このような一部の教員の不真面目な対応で、”教員全体”のイメージを悪くしてしまっているのだ。

熊本県立高校は女子生徒のみが寮生活を行なっているらしい。自殺した生徒も寮生活をしている中でいじめに遭い、自宅に一時帰宅したときに命を絶ってしまった。
高校のホームページを見てみたが、この自殺事件があったからか、「いじめに関する取り組み」を一応は紹介している。ただ今回の自殺事件の記述は見当たらなかった。
高校生の集団生活で、いじめを見抜くのは困難だ。いじめは公の場で、堂々と行なわれるものではないし、現代になりSNSを使ったいじめが行なわれているように、「陰湿」な行為なのだ。
それを全て見抜くことは至難の業だが、例えば教室や授業中、休み時間、昼食など、教員の目が届くところで、目を光らせるべきだ。いじめの兆候や、いじめを受けている生徒のSOSサインに気付けるかどうかが、いじめ撲滅のカギとなる。

いじめ対策は様々な手法が議論されているが、一番大事な要素は「生徒自身がいじめを悪だと思えるか」どうかだ。
いじめ対策を教員や大人が理解していても、いじめは被害者も加害者も「子ども」なのだ。
つまり、”子ども達がいじめは悪いことである”ということを理解させてやることが、一番にやらなければならないことだろう。

例えば、すでに実施している学校もあるが、ホームルームや道徳の授業で、いじめの詳しい事例を紹介する。
「これはいじめ行為なんですよ」「いじめで自殺する生徒もいます」と勇気を持って教えてやることが大切だと思う。子ども達にとってはショックかも知れないが、実際に”死”を選ぶ子どもが存在する以上”当事者”としてその事例を事細かく教えてやることが大事だ。

”死生観”をまだ理解していない子ども達が、”死”を選ぶということは、相当な心身的ダメージを受けているということである。
それを社会全体で認知すれば、もっともっといじめに対する社会の向き合い方が変わってくると考える。今回のような調査委員会の報告書は子どもに向き合っていない、ただ保身だけを考えたものだと認識している。
このようなことが続くかぎり、いじめによる自殺は防げないし、それはイコール、日本の将来が危ういものになってしまうということである。


記事・大堂 光輝

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「全国いじめ問題子供サミット」 子供が発するメッセージを大人は的確に捉えよ

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1月23日に文部科学省で、「全国いじめ問題子供サミット」が開かれた。
これは実際に全国から集まった小中学生約140名が、「いじめを見つけたらどうする」をテーマに意見を交わすものだ。

文部科学省は24日、会員制交流サイト(SNS)などでのいじめ防止策を小中学生が話し合う「全国いじめ問題子供サミット」を同省で開催した。25都県と10政令市の小5~中3の約150人が参加。(1)傍観者を卒業する(2)コミュニケーションを大切にする(3)いじめが起きない環境をつくる――の3点をとりまとめた。

学校ごとの取り組みも発表。無料通話アプリ「LINE」などのSNSを使う際のルールを生徒が自ら策定した鳥取県の中学や、いじめ防止のCMを作り、ケーブルテレビで地域に発信した愛媛県の中学などが紹介された。

鳥取県米子市立福米中2年の三国花蓮さん(14)は「学校ごとや地域ごとの意見があって勉強になった。みんなで決めたとりまとめを、自分の学校のルールにもいかしたい」と話した。
文科省は「今後も子供たちが中心になって、いじめについて考える機会を持ちたい」としている。

全国いじめ問題子供サミットの様子

AKB48の高橋みなみさんも登壇
AKB48の高橋みなみさんも登壇

日本経済新聞から記事引用


メディアの無関心さに怒りを覚える


昨年も開催されたこの「いじめサミット」は主に、子ども達が意見を交わして、いじめの解決策を導き出そうという有意義なものだ。
子供の視点でいじめに向き合うというものは非常に大事なことであり、他人事で終わらせない工夫としては、珍しく文部科学省も良い案件を思いついたものである。

今年も様々な意見が飛び交って、内容のあるサミットだったようだ。
より重要な意味を持つのは、昨年から今年にかけて、いじめによる自殺が急増しているなかで、よりタイムリーな開催となったことである。

しかし、問題はマスコミの対応だ。

この「いじめサミット」を本気で取り上げたマスコミはあっただろうか。
いずれも新聞の社会面に小さく載っているだけである。

「いじめ」「自殺」のニュースを最近になってようやく取り上げて始めているが、この「いじめサミット」の意義は理解できていないようだ。

子供たちが直接いじめに関して意見を交わす重要な場であったはずだ。いじめ問題は社会面の小さな記事でなく、3面記事にするくらいの大きな問題ではないのか?
テレビはニュースの特集として、このサミットを取り上げてもよかったのではないか?

いじめによる子供の自殺を、「社会問題」としてようやく最近になって取り上げてきた割に、この無関心さである。失望に値する。

重要なのは子供たちがどんなことを話し合ったのか、どんな解決策を導き出せたのか、それを広く世に広めることが重要ではないのか?
このブログのような小さなウェブマガジンでは到底社会への影響力という面で、大手メディアには及ばない。比べる余地も無い。

子供の問題に限らずだが、大手メディアはその大きな影響力を、もっと社会の為に使うべきではないのか?
視聴率や購読者獲得よりも、すべきことがあるのでは?


子供の声に気付くべきは周りの大人たち

苦しむ子どもに光を与えたい
  苦しむ子どもに光を与えたい

いじめを無くす努力をすべきなには間違いなく子ども達自身である。
彼らが自分たちで「いじめを無くしていこう」という空気を教室内で作り上げていけば1つでも2つでも確実にいじめは減るだろう。

それでもいじめをしたい、という生徒は必ずいる。しかしいじめをするような人間は実際のところ、自分自身が弱いことを証明しているようなものだ。
いじめ抑止のためにはやはり、生徒みずからが
「いじめは卑劣な犯罪」
「いじめをする人間が本当は弱い」
という空気を作り上げること。それが非常に大事である。

そして、最後にいじめを止めるべき人間は、周りの大人である。
生徒の命を守るのは周りの大人の責務である。

このようなことを書いておきながら、まだ私自身も誰一人、自殺した生徒を救うことができていないが、現場に居る教師の方々には教育学習よりも、子供の命を最優先に考えてほしい。

現時点で私ができることは、私の記事がいじめの加害者、被害者に届くようにすること。
いじめを受けて苦しんでいる子ども達の味方は世の中に、こんなにたくさんいるんだよ、と気付かせてあげること。
わざわざ死ぬようなことはしなくていいよ、と教えてあげることだ。

今後もいじめ対策、自殺予防対策に全力を注いでいく次第である。


記事・大堂 光輝

シリーズ施政方針演説検証Vol.3  国を挙げていじめ撲滅へ動き出せ

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- 安倍首相がいじめ撲滅へ動き出すのか?-
そんな期待を少しばかり抱いたのは、私だけであろうか?

先日の施政方針演説で、安倍首相は初めて「いじめ問題」について言及した。
いじめに対する政府の認識および、対策を示したと言える内容だった。
 
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まずは、いじめ問題に関する演説内容を見てもらいたい。

安倍首相・施政方針演説(いじめ問題に関して)
 
「いじめや発達障害など様々な事情で不登校となっている子どもたちも、自信を持って学んでいける環境を整えます。フリースクールの子どもたちへの支援に初めて踏み込みます。子どもたち一人ひとりの個性を大切にする教育再生を進めてまいります。
日本の未来。それは、子どもたちであります。子どもたちの誰もが、頑張れば、大きな夢を紡いでいくことができる。そうした社会を、皆さん、共に創り上げていこうではありませんか。」

首相官邸HPより引用。動画はこちらから→首相官邸


いじめ対策に本気で乗り出すのか?という期待は脆く崩れ去った。
これではいじめはなくならない。全くの不十分と言わざる得ない。


いじめが原因の自殺を減らすために


今回の演説で安倍首相はフリースクールの支援について言及した。
詳しい説明と論評は過去に当サイトで紹介しているので、参照願いたい。

再三、私はこのサイトで言及しているが、やはりいじめから子どもを救ってやれるのは周りの人間だ。
理想は友達や親、教師がいじめに気付くこと。または本人が相談する環境を整えてやること。

それができないから、いじめを受けている子どもたちはどんどん追い込まれていく。
やがて死んだほうがマシだと思い込んでしまう。

私は、直接子ども達に関係の無い「第3者」であっても「子どもの命」を救うことができればそれでいいと思う。
フリースクールで義務教育が可能になる、という施策を批判する方々は、いじめで苦しむ子ども達の姿が頭に浮かばないのだろう。

自殺直前の子ども達はもはや逃げ場がない状態なのだ。
もう手遅れ寸前なのである。逃げることができればどこでもいい。ただその命を救ってやることだけを大人たちは考えればいいのだ。
自殺寸前の子ども達が「まだ生きるチャンスがたくさんある」「死ななくても大丈夫」ということを気付くことができるか。ここに懸かっている。
それを気付かせるのが大人の役割だ。どのようなシステムが効果的か、今後も私は考え続けていきたい。

しかし、いじめはなくならないだろう。
だが、自殺者を無くしていくことはできるはずだ。政府も国民も社会全体も、その方策を全て発揮していない。
いじめの原因はそれぞれのケースで違うが、いじめを生んだのは社会全体である。だったら社会全体でいじめによる自殺を真剣に考えるべきだ。

安倍首相も演説の最後にこう締めくくっている。的を射ているので紹介して、このシリーズを終わりにしようと思う。

「日本の未来。それは、子どもたちであります。子どもたちの誰もが、頑張れば、大きな夢を紡いでいくことができる。そうした社会を、皆さん、共に創り上げていこうではありませんか。」


シリーズ所信表明演説検証は今回で終了します。


記事・大堂光輝

全国いじめ問題子供サミット開催!いじめを解決する糸口は子ども達の言動にあり

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1月23日に文部科学省にて「全国いじめ問題子供サミット」が開催される。
これは深刻化するいじめ問題に対して、子どもたち自らがいじめの原因や対策を考え、発表する場になっている。

主なテーマは、「SNSでのいじめを含め、いじめの問題にどう立ち向かうか」







このイベントは子供の問題が社会問題化するなか、非常に重要な意味をもつだろう。
大人がどれだけ頭ごなしに「いじめをしてはいけません」などと、言っても、やはり子ども達の心には響かない。

やはり子ども達(当事者)の観点から議論を行ったほうが確実に良い案は出る。

上記に貼り付けたYoutubeの動画を見ていただきたいと思うが、非常にレベルの高い議論が行われており、的確な質問や素朴な疑問がこの場で繰り広げられる。
私は別の仕事で出席できないが(出席するのは関係者のみか)一度はこの場に立ち会って、子ども達の生の声を聞いてみたいと心から思う。

教育現場で日々、必死にいじめ問題に取り組んでおられる学校関係者の方々にはぜひこの「子どもサミット」の中身をチェックしていただいて、今後のいじめ対策に役立ててほしい。
ましてや、テーマもSNSを使ったいじめへの対策を扱う。教育に携わる者は注視してもらいたいイベントだ。

何度も言うが、「生の子どもの声」は「現場の声」だ。
いじめ対策を考えるうえでは、絶対に必要な財産である。

私も私人とはいえ、こうして執筆活動を通じて子どもの問題を世間に認知してもらうために必死に情報を集め、記事をアップしている。
将来はスクールソーシャルワーカーになって子ども達を救いたい。

少子高齢化が進む中で、より子ども達への「教育の質」「道徳心の向上」が大事な要素になってくる。
社会問題の第一に挙げられてもおかしくないいじめ問題を、解決に導くためのヒントがこの「子どもサミット」には秘められているのかも知れない。

情報を収集して、サミットの内容を後日続報し、お伝えする予定です。お楽しみに。
皆さんでいじめ問題を考えていきましょう。


記事・大堂光輝

時代は変わった すべてのいじめ問題は自殺へと直結する

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新年が明けてから、世の中の動きは異常なほど不穏な動きを見せています。
国際情勢に限らず、日本国内でも時代が多様に変化していくことが如実に感じ取れる、2016年の幕開けです。

子どもを巡る問題でまた痛ましい事件が起きました。
沖縄の豊見城市の小学4年生の男の子が、首を吊って自殺をしました。

なぜ防げなかったのか...。
自殺があるごとに様々な問題点が指摘されていますが、残念ながらいじめと自殺のニュースは定期的に見かけるようになってきました。
今回のケースは報道されている情報を読む限り、完全に学校側の責任を言っていいでしょう。


「いじめ問題専門委員会での審議については、現時点では自殺につながるいじめは確認されていない。真実を求め、誠心誠意取り組んでいきたい」(豊見城市 照屋堅二 教育長)

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この「自殺につながるいじめ」とは何なのか?
そもそも「自殺につながるいじめ」と「自殺につながらないいじめ」の区別は可能なのか?

もしかすると、教職員の中でいじめに対するマニュアルがあって、いじめの度合いによって対応を決めるような仕組みがあるのでしょう。
しかし、これも自殺してしまったあとの調査であって、今回のケースいじめがあったことすら気付いていない様子であります。
小学4年生の子どもが、自ら死を選んだのですよ?
責任ある大人たちは、この生徒に相当な苦しみがあったことを理解できないのでしょうか?


今こそ時代の流れにあったいじめ対策を

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なんとしても苦しむ子ども達を救ってあげたい。

明らかに現在の日本は、いじめが原因の自殺が増えています。
今は冬休みが終わり、学校が再開される時期です。いじめにあっている子どもたちは長期の休みで辛いいじめから一旦解放されたにも関わらず、また地獄のような日々を送るわけです。
現代の人々はある意味で冷たい、あるいは個人主義的な風潮が色濃く染み付いていると思います。

「いじめを受ける側にも原因がある」
それはそうかも知れません。でも、弱者を救うことは人間として、または日本人の精神として大事にしなくてはならないことではないでしょうか?

大人が助け合いの精神を子ども達に身を持って教える。それを怠ってきたから今の不穏な冷たい世の中になったのではないでしょうか。

そして自殺する子ども達が増えました。
これは完全に、自殺報道に影響されていると考えます。

「あ、同じようにいじめに遭っている人が自殺した。俺もしようかな」
まだ考えが未熟な子どもの考えることです。突発的に”死”を選ぶことさえありえるのです。
まさに「負の連鎖です」自殺が自殺を生んでいるのです。

大人たちはそれを、「どうかしている」と思わず
「時代は変わったんだ」「子ども達を守らなければ」と思って欲しいのです。
特に教育に携わる方々には、心底願うばかりです。

いじめ対策の不備に、教職員の多忙さがあげられます。でも勉強を教えることだけが教師の役割なのですか?
道徳、人間形成も含めた教育が基本ですよね?
ならば、いじめ対策(人間関係、対人関係構築のディスカッション)などの手法も取り入れながら、多様な教育を行なうべきです。


以下に日本未来マガジンのいじめ対策案を提示します。

・教職員の多忙対策にスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーの大幅な増員
(文部科学省や内閣府で責任を持って予算確保の上)

・月に一度のいじめアンケート調査
(繰り返ししつこくやることにより、タイムラグを防ぐ。さらにはいじめの抑止効果も期待できる)

・道徳授業の強化
(先にも述べたが生徒自らが発言をするパネルディスカッションが効果的。週に3~4時間程度は確保したい。教師もそこでいじめが無いか見極められる)


現在もいじめ対策案を検討中であり、今後も追加で本ブログに掲載していきます。
どこかで見てくれている行政関係者がいればぜひ取り入れてもらいたいと思います。

また自治体ごとの対策案ではなく、国家として取り組むべき課題であると私は思います。
そこまでいじめ、自殺問題は大きな問題です。自治体の財源不足でいじめ対策に差が出るのは、絶対におかしなことです。

もう二度と、いじめによる子どもの自殺者が出ないことを、心から願っています。


記事・TERU

 

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