タグ

タグ:虐待

虐待通報189番が運用改善 勇気を出して通報を

カテゴリ:
昨今、虐待に関するニュースが後を絶ちません。自分の子供に対して暴力や性的虐待をすることなど、考えられない行為ですが、世の中には今この瞬間も苦しんでいる子供達が存在します。

虐待・子供

そのためのホットラインが虐待通報の189番なのですが、これまでは携帯電話からの接続に時間がかかってしまい、不便なために敬遠されてきました。その課題を解決するために今回、厚生労働省は3億7000万円を投じて改善を行うようです。新年度予算での計上を見込むため、システム完成にはまだ時間がかかりますが、子供達を救う手段として必ず実行してほしいと思います。

普通の親からすれば虐待など考えられない行為です。自分の愛すべき子供を自らの手で苦しめることなど絶対にできない行為。しつけの一環だと弁解する親も存在します。しかし、しつけに暴力を使うとういうことは、親自身の子育て手法に問題があるということです。

殴って、蹴って、精神的に苦しめないと、子供が言うことを聞かないということなのでしょう。それは親自身の責任なのです。愛情を持って育てていれば、子供に暴力を振るう必要なありません。自分自身、一人の娘がおりますが、暴力などありえません。きつい言葉をもって怒るときもあるが、憎くてそのようなことを言うことは一切ありません。

虐待

このブログの性質上、虐待を受けている子供達がこの記事を見ることはないかもしれませんが、もし読者の周りで虐待を受けている疑いがある子供達がいるとすれば、189番の存在を教えてあげてほしい。虐待のニュースが頻繁にトップニュースになるくらい、日本人の心が壊れかけていることを多くの人たちに気付いてもらいたい。

(大阪発・Mitsuteru.O)
note:https://note.mu/japanintheworld 

児童相談所、通所児童の自殺 一時保護の職権を思いとどまるべきではない

カテゴリ:


相模原市児童相談所は22日、両親から虐待を受けて児相に通所していた男子中学生が自殺を図り、今年2月に死亡していたと明らかにした。生徒は虐待が続くため保護を求めていたが、児相は「切迫した緊急性がなく、家庭環境は改善の方向に向かっている」として、親の同意なしに強制的に引き離す職権での保護を見送っていた。

毎日新聞



正しい職権の行使が子どもを救う
新たな法整備も視野に


TOP虐待


今回も自殺を防ぐことはできなかったのでしょうか。
親からの虐待・暴力から逃れるために児童相談所に通所していた児童が、親戚の家で首を吊り、数日後に亡くなったことがわかりました。


この生徒は、暴力を振るわれ顔が腫れたまま学校に通い、それを虐待と疑った教師の通報で虐待の事実が発覚しました。
その後、深夜のコンビニへ「暴力を振るわれた」と逃げ込み、警察に保護を受けるなどして、児童相談所に通所するようになりました。
これは生徒自らが「逃げよう」と試み、自分の命が危険だと気付き、実際に行動を起こしている稀なケースではあります。


学校で虐待に気付いた教師も素晴らしい教師だと思います。
ただ、今回のケースでは児童相談所の対応に問題があったと考えられます。
生徒は「生きよう」と願い、親の虐待から勇気を振り絞って逃げて、助けを求めることができました。絶対に失うことのなかった命のはずです。

▽児童相談所は7回も面談をしていたことを公表しています。(NHK)
虐待NHK1


▽校長先生はそれなりの対応をしていたと考えられる(NHK)

虐待NHK2


▽児童相談所は保護の必要性はない、と判断した。(NHK)

虐待NHK3

 

児童相談所には子どもの問題に関する調査・相談、子どもを守るための一時保護を担当しています。
一時保護は児童相談所の職権の一つで、象徴的なものであります。
基本的に親の同意を得て、児童養護施設などで虐待を受け続ける可能性のある子どもを保護します。


▽虐待の処理件数は年々上昇。親の倫理観に問題があるのだろうか(厚生労働省)
虐待統計


しかし、親の同意を得るのは非常に困難な作業であり、多くの子どもが虐待親の呪縛から離れられない現実があるようです。
その結果、虐待がエスカレートしたり、時には自殺や虐待死を招くこともありました。
そのような事態を防ぐために、厚生労働省は「親の同意がなくても職権で積極的に保護せよ」との通知を出しています。

児童相談所運営指針の改正について:第5章 一時保護
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/dv-soudanjo-kai-honbun5.html


しかし、そのような通知だけでは徹底はされないでしょう。
児童相談所の職員も、親とのトラブルを避けようとしますし、その結果子どもへの危険が増してしまうリスクもあります。
そうなれば、もはや新たな道を模索するしか残された道はありません。


例えば警察の積極介入。虐待の疑いがある時点で、児童相談所が対応するのではなく、警察が摘発に乗り出す。
虐待を繰り返す親には、それが「悪いこと」であると気付いていません。もしくは「虐待ではない、子育てだ」と言い張ります。
しつけでの軽いビンタと、虐待で行なわれるような暴力は全く異なります。何が違うかと言えば、そこに愛があるかどうかです。


愛のない暴力とは、憎しみやストレス発散のための暴力。それはただちに傷害、暴行で摘発すべきです。
実際に虐待が行き過ぎて、死に至るケースや、今回のような自殺を招くことにつながっていくのです。
命が奪われる前に、国家として子ども達を守る体制を整えるべきです。

里親


さらに海外と比べて、ソーシャルワーカーと里親が不足しています。
これも国家として動かなければ、何もかわりません。
ソーシャルビジネスの拡大も急がれます。日本は自由主義にドップリ漬かり、お金や学歴、名誉の獲得にまい進してきました。
その結果、人と人との関係を疎かにし、それが格差や差別につながっていきました。


虐待は絶対に許されない行為です。虐待としつけの線引きが難しいという議論がありますが、そんなことはありません。
そこに愛があるかないかは、第三者が見ればわかります。他人の目は騙されることはありません。
愛情を持って、しつけや子育てをしている方々は今後も胸を張って、子育てに励めばいいのです。何も難しいことではありません。
しっかり子育てをしている方々からすれば、虐待をする親など、同じ人間に見えないはずですから。


いじめ自殺問題も虐待事件も同様ですが、国家が本気で動かなければ何も解決しないでしょう。
そして、極論になりますが、いじめと虐待を根絶させることは不可能です。
犯罪や戦争と同じで、抑止と摘発、そして逃げ道を作ることが大切なのです。
虐待やいじめが犯罪ではない、という認識がまだこの日本にはあります。
ここを正していくことが、最良の解決策に導いていくのではないでしょうか。


mitsuteru.O

執筆依頼などのお問い合わせや、ご質問は下記の連絡先までどうぞ。
また政治・国際情勢の情報交換も受け付けております。



人気ブログランキングへ

【児童虐待】3歳男児虐待で死亡 止まらない虐待の連鎖 根本的な解決策は見当たらず

カテゴリ:

27日未明、東京・大田区のマンションで3歳の男の子が意識不明の状態で見つかり病院に運ばれましたがまもなく死亡が確認されました。男の子の顔や体にはあざがあるということで警視庁は虐待の疑いがあるとみて、母親と、同居している男性から事情を聞いています。

K10010388371_1601280514_1601280518_01_03
 

27日午前0時ごろ、東京・大田区大森南のマンションの部屋で、この部屋に住む新井礼人くん(3)が布団の上で意識不明の状態で見つかり、病院に運ばれましたがまもなく死亡しました。
警視庁によりますと、礼人くんは頭を強く打って死亡したとみられ、耳から血が出ていたということです。警視庁が遺体を詳しく調べたところ、顔や尻にあざがあり、顔は変色していて、この数日間に激しい暴力を受けたとみられることが分かりました。

警視庁は25日、マンションの部屋で礼人くんを殴ったり、蹴ったりして頭に大けがをさせたなどとして、同居する母親の交際相手で暴力団員の永富直也容疑者(20)を傷害の疑いで逮捕しました。
警視庁によりますと、永富容疑者は容疑を認め、「夕食中に、にらみつけてきたので頭にきて暴行した」などと供述しているということですが、その後の調べで、暴行は1時間以上にわたっていたことが分かりました。

NHKニュースより引用


暴力の連鎖は世代を超える


また痛ましいニュースだ。ここのところ、虐待のニュースが非常に目立つ。
いや、これはメディアの責任もあると考える。

ここのところ続く虐待のニュースだが、虐待があるのは今に始まったことではない。
今になってようやくメディアは「虐待が増えてきた」と言っているが、今さら感がどうしても否めない。
ここにしっかりマスコミ関係者への批判を書いておく。

さて、問題の虐待についてだが、「なぜ虐待をするのか?」という疑問が普通の人なら浮かぶ。
自分たちの子どもである。通常なら愛情が溢れて溢れてたまらないはずなのに、なぜ暴力をしてしまうのか。

虐待をする親は幼少期に自分も虐待を受けていたというケースが非常に多いようだ。
虐待を受けて育った大人が一概に虐待をしてしまうということは無いが、可能性として非常に大きいのは事実である。
つまり、虐待は世代を超えて繰り返し行われてしまうということだ。

だとすれば、この暴力の連鎖は止まらないのだろうか。
原因がこの「虐待の連鎖」だとすれば、どのような対策が必要なのだろうか。


今ある虐待を止めることが先決 その方法は


虐待の連鎖を止めるには、当然ながら”今行われている虐待”を止めなければならない。
しかしそれは言うまでも無く、”周囲が気付くことである”

例えばアメリカでは「児童虐待通告法」という法律がある。

この目的は児童虐待が隠れて行われないよう、虐待の事実を明るみにしようというものだ。
発覚させて、虐待を受けている子ども達を守るためのものである。

約40種ほどの専門職(主にソーシャルワーカー、医療従事者、保育関係者、司法、警察)などの人たちが通告する義務を負っている。
つまり虐待の疑いがあった場合、即座に通報できる仕組みだ。

ちなみに「間違いのリスク」が常に虐待通報には付きまとうのだが、免責事項(例えば虐待の事実がなかった場合に、対象の親から民事訴訟があった場合など)によって通報者は守られている。

この仕組みによって、虐待の事実を明るみにしようというのだ。
効果的であると思う。


親の責任と愛情


ちなみに今回の事件で、虐待をした父親は母親の交際者で、同居していたという。
この男は「実の子ではないから虐待をした」と言い訳をきっとするだろう。

とんでもない人物である。最大級の非難の声を私はあげたい。
その母親のことを好きになったのだから、その子どもである死亡したこの男児も同じように愛するべきだったのである!

それは社会人である以前に、”男”として当然の行いである。
ましてや3歳の子どもである。言う事を聞かなかったり、人に迷惑を掛けることもあろう。まだ何も世間のことがわからないのである。

よく考えてもらいたい。誰もが子どもだったとき、そうであったように、言う事を聞かないことは当たり前である。
子どもが悪いことをしたら適正なしつけ(暴力ではなく、親としての教育)を行い、誉めてやるタイミングでは最大限に誉めることが親の愛情である。

例え、この容疑者のように”自分の子”でなかっとしても、愛する人の子どもであれば同じように愛情を持って接することは当然である。
自分の子どもでも、他人の子どもでも、社会全体で見守っていくのが大人の役割だ。

日本は「他人主義」の傾向が目立つ。
社会全体で子どもを守ろうという、温かな心が現代人には足りていないのではないだろうか。

最後に付け加えておくが、今後も虐待事件のニュースは続くと思われる。
しかし、増えたのではなく今まで報道されてなかっただけだ。

新たな虐待事件が明るみになったとしても、私は動じず、対策と実行策を考えて、実際に行動したい。
一人でも多くの子ども達を救わねばならない。

記事・大堂光輝



カテゴリ:
最近、子どもへの虐待のニュースがあとを絶たない。
先日も大津市の41歳の母親が自分の子どもへの傷害の疑いで警察に逮捕された。

この母親は3年前からおととしにかけて当時1歳の次女に繰り返し暴力をふるい、足の骨が折れるといった大怪我を負わせたようだ。
発覚した理由は、この虐待を受けた女の子がおととし3月に自宅で肺炎で死亡したことがきっかけで、解剖でわきの下にやけどの痕や骨折の痕が見つかり警察が捜査を進めてきた。


どこからどこまでが”しつけ”で虐待のラインはどこからか


虐待の線引きは非常に難しい。
定義的には、「長期間にわたって暴力をふるったり、日常的にいやがらせや無視をするなどの行為」

ただ虐待といえども、その”種類”は様々ある。
学術的に記述をすると

・身体的虐待(文字通り、暴力をふるうこと)

・心理的虐待(心に傷が残るような心理的暴力)

・性的虐待(性的な行為を強いること)

・経済的虐待(金銭を使わせない、あるいは確信犯的に経済的困窮を与えること)

・ネグレクト(育児放棄、無視など。最近になり非常に増えてきた)

これらを完全な形で把握することと、摘発することは難しい。虐待の線引きは今でも世界共通の課題だ。
アメリカで積極的に議論が続けられ、日本でも民法の改正などで先に述べた定義付けが行われてきた。

親は、民法にって子育てや子どもを監督することが義務だとされている。つまり常識の範囲内で子どものしつけをすることは親の義務なのだ。
しっかりと子育てをやっておられる方には「当たり前の話だろ」と思うかも知れないが、虐待をしている親には耳の痛い話なのだ。

語弊があるかも知れないが、怯まずに言うとすれば、昔から子どものしつけには「懲戒」という形で、一定の「罰」を使いながら子どもに気付かせるという手法が用いられてきたはずだ。
例えば悪いこと、危ないことを子どもがした場合には頭をはたいたり、軽くビンタしたり、お尻をたたいたり、そのような行為が子育てには必要な側面もある。
しかしこれらが「虐待」かといえば、それは違う。

ならば虐待の線引きを考えたうえで重要になるポイントは

・ケガの程度

・暴力の頻度

・子どもの精神に害を与えるほどの暴力

普通に子育て、しつけをおこなっている親が気をつけなければならない点は「ケガの程度」だろう。
「しつけの一環だった」という供述が多く聞かれるが、第三者から見れば「虐待があった」と判断されてもおかしくない。
ここが非常に難しい点で、このような「交通事故型」のしつけには親も十分に気をつけるべきだろう。

私は、「しつけの一環」だったという供述をどう捉えるべきか非常に悩んだ。なぜなら子どもが苦しんでいる現実と、親が守られるべきしつけの限度に整理がつかなかったからだ。
普段から懸命に子育てしている親にとって、いわば虐待は背中合わせなのかも知れない。

ひとつのビンタが、ひとつの言葉が子どもにとって非常にダメージを与えることになれば、虐待の疑いがそこで生じてしまう。
この全ての原因は虐待で多くの子どもたちの命が奪われた、日本社会の闇の部分だ。

多くの親が気付いていないが、あなたが虐待する親だと思われる、または勘違いされる、そのようなリスクがあることを理解してほしい。
虐待が社会問題である以上、それは致し方ないことだろう。

ケガをさせない程度のしつけは親としての権利を行使しているだけに過ぎないので、子育てには必要なこと。
これは今も変わりないだろう。

気をつけるべきポイントは

・ケガをさせないこと

・ケガをさせない程度のしつけでも、それが繰り返されれば子どもの精神的負担は蓄積する

意図的に暴力を行うことが趣味の親にはこの話は通じないが、普段から懸命に子育てに励んでおられる親の方々にはぜひ必読していただき、ママ友たちに拡散願いたいものである。


記事・大堂光輝

このページのトップヘ

見出し画像
×