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安保法制の理解度 国内の反対派と国際社会の決定的な違い

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3月29日に施行される安全保障関連法について、今なお様々なフィールドで議論がなされています。
多様な考え方のもと、賛成・反対の意見が飛び交うことは、民主主義国家として健全な証拠なのですが、一番大切なことはその主張が日本の将来に役立つものなのかどうか。
この基本を踏まえたうえで議論を行わないと、国益を損なう結果になります。


反対派の勉強不測は否めない
賛成派は現状を把握して説明に努めよ 

SEALDs

楽しそうに安保反対のデモをする若者。そこに政治信条や国際知識、国防知識はあるのだろうか?

SEALDs2


安保法制を巡り、国民的議論に発展し、国民の理解も深まってきましたが、いまだに安保法制を「戦争法案」「徴兵制」といったように、”悪の法律”というイメージを先行させようと、反対派が必死の抵抗を見せています。
問題なのはニュースに興味の無い人からすれば、これが本当に日本で行なわれている議論なのか、といった認識であることです。
日本の国防体制を考えるきっかけになったことは非常に意味のあることなのですが、間違った理論に基づく解釈を身に付けてしまうと、なかなか方向転換できない現実があります。


何度もこのブログで指摘していますが、普段ニュースをチェックしない人たち、または政治に興味のない人たちは、ほとんどテレビニュースかネットニュースで情報を仕入れています。
予備知識のない人たちからすば、そのニュースを信じてそれが正しいことだと認識してしまいます。これを良いことに偏向報道を繰り返し、「日本が悪である」「政権が悪である」と繰り返し報道するのが左翼メディアです。
「報道ステーション」「サンデーモーニング」らに代表される報道番組は、国防の重要さを全く理解していないのにも関わらず、反対派の主張ばかりを取り上げて、これが正論とばかりに報じています。
朝日新聞、毎日新聞も同様、大メディアがその権力を利用して、まるで中国の主張を代弁するかのような報道を繰り返しています。これが日本の一部大手マスコミの現状なのです。


それに影響を受けた反対派の方々の主張は、奇妙なものです。
特に日本のために働かなくてはいけない政治家の発言はひどいものです。
3月13日。新宿で行なわれたSEALDsの安保法制反対集会にて、民主党の小川氏はこう発言しました。

民主党・小川敏夫参院幹事長
「安倍さんは一人一人の国民を国のために動員しようとしている。日本の平和を壊すだけでなく、国民の生活まで壊してしまう安倍政権を野党が共闘して倒す」

大嘘つきです。このようなことが今の日本で行なわれることはまずありません。どこからそのような理論が生まれたのか、不思議で仕方ありません。
日本の平和と国民の生活を壊そうとしているのは、日本に対してミサイルの照準を合わしている北朝鮮であり、軍拡を続け、沖縄・尖閣を奪おうとしている中国であり、テロを繰り返すISなのではないでしょうか。
なぜ、そのようなことを言えないのか。真実を言おうとしない、野党各党の議員は国会議員の資格に値しないでしょう。


本日付け(3月21日)の産経新聞朝刊に、興味深い記事が掲載されていました。

「安保法制 59ヶ国支持 積極的平和主義に理解」

産経


安保法制に理解を表明する国は欧米やアジアだけでなく、中東、アフリカにまで広がっています。
欧州の主要国はもちろん、チェコやルクセンブルク、フィンランドも支持。
アジアではフィリピン、インドネシア、インドやカザフスタン、キルギスまでも賛同。
さらに、中東のカタール、イスラエル、アフリカのケニア、中南米のジャマイカ、ドミニカなどと、多くの理解を得ているのです。


ウズベキスタンのカリモフ大統領の発言は特に的を射ています。
「マイナス要素は見当たらない。さも問題があるかのようにすべきではない。日本のビジョンを正しく理解すべきだ」

インドのモディ首相は
「世界平和・安定により貢献するための日本の努力を歓迎、支持する」

勉強不足の反対派に、ぜひ言ってもらい言葉であります。
要は、集団的自衛権を限定行使することは日本の安全を守ることだけでなく、世界平和に貢献することにつながるというわけです。
武力の行使以外にも、PKOを促進させて国際協力、治安維持に貢献し、その結果が日本の平和につながるのです。


今の日本国民の知識と、政治体制で「徴兵制」が行なわれることは絶対にありえません。120%、私たちが戦場に駆り出されることはありません。
「徴兵制」と言っている政治家も本気でそんなことは考えていません。ただ、安倍政権を倒すため、選挙で票が欲しいがためにそのような不安を煽っています。
そして冷静で洗脳されていない国民はそれに気付いています。「野党はウソばかり言って、不安を煽っている、と」


賛成派は丁寧な説明と、現状の脅威を淡々と指摘するべきでしょう。
反対派は感情的に政権批判をするものですが、日本のために必要な法案である以上、良識ある国民は冷静に議論を続けましょう。
少なくとも、中国・韓国以外の多くの国々が賛成しています。日本を敵視している以上それは仕方ありません。
指摘しておきますが、国内の反対派の主張と、中国の主張は一致します。これがどういう意味か、考えてみてください。


本当に「徴兵制」や「戦争法案」であるならば、国際的な批判にさらされます。
日本国内の反対派の方々より、国際世論のほうが現状を認識しているという悲しい現状が日本の言論レベルです。
改善される日は来るのでしょうか。


mitsuteru.O


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シリーズ施政方針演説検証Vol.1 安保反対派はこれを読んでも安全保障の重要性をわからないのか

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昨日、国会にて安倍総理大臣の施政方針演説が行われた。
甘利経済再生担当大臣の違法献金の報道で政権は揺れ動いているが、日本が直面する課題の解決を、先送りする時間はない。

600siseihousin
 

本誌は今後3回にわたり安倍首相の施政方針演説について、本誌がピックアップした項目で検証していく。
野党は甘利大臣の不祥事疑惑について攻勢を強めるようだが、大事な政策面でも政府与党に対抗できる力をつけてもらいたいと切に願う。

今回は、国の最重要課題である「安全保障」の分野についての演説内容と、ポイントをご紹介する。


安倍首相・施政方針演説(安全保障について)
「(積極的平和主義)
 ネパールを襲った、死傷者二万五千人を超える巨大地震。自衛隊は直ちに現地に展開し、不眠不休で医療援助に当たりました。
 部隊が撤収する際、子どもの手を引いた一人のお母さんが、隊員に近寄り、飴をプレゼントしてくれました。食糧が不足する現地で、それは、心からの感謝の気持ちがこもった飴でありました。
 震災で御主人と家を失った、その女性は、隊員の手を握りながら、「ありがとう。ありがとう。」何度も繰り返していたそうであります。
 世界のため黙々と汗を流す自衛隊の姿を、世界が称賛し、感謝し、そして頼りにしています。
 その自衛隊が、積極的平和主義の旗の下、これまで以上に国際平和に力を尽くす。平和安全法制は、世界から、支持され、高く評価されています。「戦争法案」などという批判は、全く根拠のないレッテル貼りであった。その証であ ります。

 もはやどの国も、一国だけで自国の安全を守ることはできない時代です。自国防衛のための集団的自衛権の一部行使容認を含め、切れ目のない対応を可能とし、抑止力を高める。平和安全法制の施行に向けて万全の準備を進めま  す。国民の命と平和な暮らしを守り抜くという政府の最も重い責任を、しっかりと果たしてまいります。」

首相官邸HPより一部引用。全文と動画は首相官邸HPへ
 http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement2/20160122siseihousin.html


集団的自衛権は国家を守るための当然の権利


日本の安全保障を巡る環境が厳しい局面を迎えているということは、世界共通の認識だ。
「別にどこも攻めてこない」「日本はこの先もずっと平和で戦争も起こらないだろう」
と思っている空想平和主義者の意見は大間違いであり、世界に恥を撒き散らしているにすぎない。

集団的自衛権は未然に戦争を防ぐためのものだ。反対派はよく「個別的自衛権で十分だ」と言うが、「個別的自衛権を発動するということ=戦争」なのだ。
以前にも集団的自衛権の必要性を示しているので、合わせて読んでもらいたい。
2015年9月12日付け 安保法案シリーズ 1、安全保障論から見る安保法案の是非

どの論理で集団的自衛権が戦争を導くという結論に至ったのか理解不能だが、個別的自衛権を発動する事態に陥らないための集団的自衛権だ。
アメリカもロシアもフランスもドイツも、いわゆるリベラル派が目標としてきた欧州各国は集団的自衛権の運用を当然のように行使している。

北朝鮮、中国の脅威はニュースを普通に見ていればわかるはずだ。安保反対派はなんのために平和安全法制に反対するのであろう。

日本が悪であるということを、次の世代にも残すためか?
中国や北朝鮮を勢いづかせるためか?

国家を守る当然の権利を行使させないようにするために、反対派は全力で行動しているように思う。
SEARLsなどの学生運動に参加している若者にはぜひもう一度、安倍首相の演説を見てもらいたい。
これを読んでも安全保障の重要性をわからないのなら、致し方ないのだが・・・。

日本は戦後直接的な脅威にはさらされなかった。その危険性もなかった。だから国民の多くは「日本は安全」という神話にとりつかれてきた。
「集団的自衛権」という言葉も知らなかった若者が、左翼団体に洗脳されデモを繰り返しているに過ぎない。それが今の日本の状況だ。

このままでは世界の笑いものだ。なぜなら、もし以前のまま集団的自衛権を行使せずに、日本が攻撃を受けて戦争になった場合、外国人はこう言うだろう。

「集団的自衛権を行使しないがために戦争に突入したのではないのか?」
「集団的自衛権を行使していれば、攻撃はされなっかたのでは?」
「個別的自衛権だけでは手遅れだよ。国民に被害が出ているじゃない」

簡単に想像つくものだ。国家の仕事は第一に国民の命と生活を守ることだ。
すなわち、それが国会議員の最優先の仕事である。

いつか反対している若者たちにも気付くときがくると信じている。


記事・大堂光輝

シリア介入 日本の出番は紛争解決後

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シリアを巡る混乱が一向に収まらない状況の中、日本にどのような役割があるのかを考えた。

このことについては後日、論文として発表したいと考えていて、現在は企画・構想中だが、本日、日本未来マガジンに概要だけ触れたいと思う。

シリア内戦 AFP
 シリア内戦 AFPより
 

まず日本が集団的自衛権を行使して、軍事介入(有志連合の後方支援を想定)の可能性があるかどうか。
可能性としてはまずありえない選択肢だが、ここであえて取り上げる。

集団的自衛権の国内議論の中で、エネルギー問題に関する議論がおこなわれた。
中東からの原油輸入に頼っている日本は、もしイランがホルムズ海峡を封鎖したら、原油が日本に入らなくなる。

しかし、現在のイランがホルムズ海峡を封鎖するとは考えられない。
核縮小で欧米と合意し、反米国家だったイランが少しずつアメリカに対して歩み寄りを見せたからだ。

つまり、集団的自衛権の行使要件にはあてはまらない。
もし万が一、海峡封鎖の可能性があるとすれば、ISが支配地域を広げ湾岸地域への脅威が確定したときだ。
ISが例のごとく、原油収入を頼りに海に出るときだ。

しかし、可能性は限りなく低い。よってホルムズ海峡の封鎖が集団的自衛権の行使要件にはならない。


集団的自衛権を行使してシリアに介入する要件とは何か?


それは国内のテロだ。国民の命に危険が生じるタイミングだ。
「存立危機事態」と政府が認定すれば、行使が可能になる。

第一線部隊の攻撃(74式戦車) 防衛省
第一線部隊の攻撃(74式戦車) 防衛省


何度も言っておくが、これは想定である。今後のシリア情勢に日本が介入する余地があるかどうかを考えた結果である。

東京、大阪、福岡など、今や日本は観光立国である。繁華街を歩けば日本人より外国人観光客の方が多い日もある。
実際、大阪のミナミ・キタにはそれこそ日本人の方が少ないのではないか、という盛況ぶりである。

政府も外国人観光客をどんどん増やしていこう、という考え方だ。日本人の生産年齢人口が減少するなか、外需で稼いでいこうという魂胆だ。

ここでヨーロッパに目を向けてほしい。陸続きの国境で、島国の日本との違いはあるが、大量の観光客・移民を受け入れた結果、治安は悪くなり、パリやマドリードなどの大都市でもテロが起こるようになった。
今回、難民を大量に受け入れることによって、テロのリスクが極端に上がるだろう。
ただ単に、難民を受け入れることを美化して、平和に貢献しているという表面上のアピールをしているだけで、メルケル首相もオランド大統領も、心の中では治安の悪化を非常に心配しているに違いない。

話は戻り、日本において難民を受け入れる体制が整っていないことは本誌9月8日付け、「難民問題。浮かび上がるメディアの問題と日本の対応」にて指摘したが、まず大量の受け入れは困難だ。
そこにテロリストが混じっていたらどうなるか。

日本の首都圏でテロが相次げば、日本は「存立危機事態」を宣言する可能性も否定できない。
時の内閣が判断するのだから。

政治の役割は、その時代に合った政策を実行していく。この原則に則れば、時の総理大臣は決断を迫られることになる。

そして有志連合の後方支援。(その時はどのような作戦組織になっているかわからないが)
イラク派遣時のような、燃料補給、さらには新たな任務として武器・弾薬の支援もありえるのではないか。

結論を言えば、日本がイラクの時のような海外派兵をすることは、朝鮮半島、対中国への対応以外にはまずありえない、と私は考える。
ただ、このようなケースも想定しておくべきでは?という提言にすぎません。
それほど、中東への派兵はありえないことだと、私は主張しておきます。


民生支援が最大の武器


日本が国際平和の為に最大限の貢献ができる分野とは何か?

それが民生支援だ。

イラク人道復興支援特措法に基づく活動 防衛省
 イラク人道復興支援特措法に基づく活動 防衛省


日本人は世界でもかなり信頼されている。礼儀正しい、真摯な対応で、日本製品に信頼が厚いのと同じで、日本ブランドの価値はやはり高い。

その日本人が、紛争解決後の国に入り選挙の支援、憲法草案のアドバイザー、政府機関のオブザーバー、教育、インフラ、そしてなにより地元住民の生活を支える、知恵の伝授。
直接、軍事介入をしない日本人がやることに意味がある。その点を地元住民は非常に理解しているものだ。

空爆を繰り返す、アメリカ、ヨーロッパの人たちよりも、日本人の方が信頼されるものである。

日本の自称平和主義者にはこの点に気付いてもらいたい。
日頃から「憲法を守れ」「戦争法案には反対」という割りには、日本が果たすべき国際貢献については語らない。

憲法の存在が戦争を防いできたというなら、その憲法を世界に広める活動を自らやればいいのでは?
ノーベル平和賞だけが欲しいのなら、それは平和主義者ではない。

民生支援には、当然リスクが付きまとう。
いくら紛争が解決したからといって、全く争いが起こらないとは限らない。自衛隊の同行は必要不可欠だし、PKOとして自衛隊も民生支援に動くべきだ。
そこに政府系の団体、NGOなどが入る。目的は安全で平和な政府を樹立させること。

私もそのタイミングになればすぐさまシリアに向かうだろう。食糧支援や住民の生活安定に尽くすつもりだ。
日本政府はこのことを想定しているだろうか。外務省は安全運転に終始するだろうから官邸主導で動いてもらいたい。

今のシリア情勢を分析すると、とても平和への道のりは果てしなく遠い。
シリア国内の問題から、代理戦争に様変わりしたこともあり、今後何年かは終息することはないだろう。

日本ができる役割を世界を舞台に広げていく。
日本が守ってきた平和の理念を世界中に伝えていく。
これが安倍首相の言う、積極的平和主義の答えなのだと思う。

あわせて、こちらも読んでいただきたい。
シリア和平交渉を日本が先導しておこなう、という主張を書いています。

国連PKO工兵部隊マニュアル 東京会合の様子 防衛省
国連PKO工兵部隊マニュアル 東京会合の様子 防衛省
このように日本が先導して、平和への道筋を示す努力をすべきだ。
 

記事執筆・日本未来マガジン編集長
藤堂 秀光

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 安保法案シリーズ3 集団安全保障論から見る安保法案

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安保法案の可決・成立が決まり、集団的自衛権の限定的行使が認められることになりました。
私たちが暮らすこの日本の平和を守り抜くための、必要最低限の法整備がまとまりました。

何度もこのブログで発信していますが、反対派の矛盾する主張により国民の言論のレベルの低さが浮き彫りになったのは事実です。
どの政策においても賛成、反対の意見が出るのは当たり前のことです。
しかし、根拠のないデマや歪められた嘘は、全ての議論をムダにしてしまう危険があります。


政策論より政権批判に走る国民とメディア

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「戦争法案」「徴兵制」「戦争に巻き込まれる」などといった根拠のない主張に、正当性は一切ありませんでした。
また、最大の悪は一部の大手マスコミです。
先に述べた根拠のない主張をそのまま報道して、国民の不安を煽りました。この責任は重大です。

法案の中身を正しく理解せず、大衆の興味を引かせるための報道には限界があります。
今回の安保法案での報道姿勢にはあきれかえりました。多くの国民も心の中ではそう思っているでしょう。

基本的に政府側(政治家も官僚も含む)は国民のためになる法案を準備します。
国民は「政治家はダメだな」などと、あまり政治には期待していないようですが(特に日本は)、政府に携わる人間は日々国民の生活向上のために、
政策を練っています。しかしなかには「これはおかしいだろう」という政策も考えたりします。

その中で国民の投票により当選した、私たちの地域の代表者である政治家が、悪い部分を手直しして、最終調整して法案となり、国会で議論するのです。
その国民のために作る法案の中に「戦争法案」「徴兵制」といった文言が含まれると思いますか?
反対派は「書かれていなくても可能性はある」と言い張ります。その可能性も十分考慮して法案作成をおこなっています。
日本がまた侵略戦争をするなどといった、デマは絶対にありえないことなのです。

ましてや、日本は70年前戦争に敗れた国です。悲劇の沖縄戦、日本各地の空襲、広島・長崎への原爆投下。
悲惨な過去があります。そのような経験をした国が「戦争法案」を本気で作ると思いますか?
皆さん自身でもう一度、考え直してみてください。


集団安全保障論から見る集団的自衛権

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さて、今回はシリーズでお送りしてきた安保法案シリーズの最終回です。
このシリーズの狙いは、安保法案の中身を論理的に理解してもらうために、安全保障論を用いて解説するというものでした。
最終回は、集団安全保障論の観点から解説していきたいと思います。

まずはじめに知っておかなければならないことは、集団的自衛権と集団安全保障は別物ということです。
集団安全保障とは
「相互に対立関係にある国家同士をも含めた安全保障体制参加国全部が、互いに武力によって攻撃しないことを約束すると同時に、いずれかの参加国がこの約束に反して
平和を乱した場合には、ほかの参加国が共同集団としてこれに対処する」というものです。

つまり、加盟国内の国が侵略行為をおこなった場合には、その国に制裁を課すことを、他の加盟国に義務付けるということ。
その侵略国は世界全体から制裁を受けることになる仕組みです。そうすることで脅威を閉じ込めようとする手法です。

ここで重要なのは、想定される侵略者は機構内部の国であるので、脅威は内部化されている点です。
機構とは一般的に国際連合(国連)を指します。
実際の例でわかりやすく説明すれば、ロシアがウクライナ領のクリミアを事実上自国の領土にしました。ロシアは、ウクライナからロシア編入を目指す親ロシア派と呼ばれる武装集団に、
武器や弾薬を提供するなど、クリミア紛争の当事者として国連加盟国のアメリカ、ヨーロッパ各国、日本から現在も制裁を受けています。
これが集団安全保障の枠組みの中でおこなわれた制裁です。

ここでまず大事なことは、安保法案反対派の矛盾する主張の中で、「日本が再び軍国化し、戦争をするのではないか?」とありますが、
国連の加盟国である日本は、この集団安全保障の仕組みにより、そんなことは許されないルールになっているのです。
国際的にそんなことは認められないわけです。そのようなことも知らずに「戦争法案」と言っているのはセンスの悪い冗談ではないか、と思います。

しかしながら、この集団安全保障の歴史は失敗の過去が多くあります。
実はこの仕組みが考えられたのは第2次世界大戦前だったのです。つまり、世界大戦の勃発を防げなかった過去があります。
その理由は、当時の国際連盟の枠組みが強固なものではなく、制裁の有無は各国の意思に委ねられていたのです。
今日まで大きな戦争が起こらなかったのは、国連の権限が強化され、侵略を犯した国には、制裁が義務付けられているからであり、
最大の抑止力になっているのは、前回のシリーズ2で解説した「同盟」という枠組みが一般化されたことで、世界大戦の勃発を防いできた経緯があるのです。

日本は憲法9条があるから、戦争はおこらない。それは間違いではないのですが、こうして国際的なルールの元に日本の平和がある、
ということも頭の片隅に置いていただきたいと思います。


日本が目指すべきは協調的安全保障


シリーズの最後に日本未来マガジンから読者の皆様に、提案があります。
日本が平和を貫き、その平和の素晴らしさを世界各国に広めていくためにはどうすればよいか。

それは日本主導の国際機関を作ることです。日本は70年間戦争を起こさなかった。
平和を堅持してきた誇りがあります。この平和の思想を各国に広めるのです。
しかし、日本は当然ながら憲法9条により、国際紛争を解決する手段として武力の行使はできません。
ならば独自の軍事力を持たずに、安全保障の体制を築く。これを協調的安全保障といいます。

脅威となる国を対話の枠組みに含めて、参加国との交流により相互信頼を高めていくという手法です。このことを国際関係論では信頼醸成措置といいます。
実際にOSCE(全欧安全保障協力機構)というものがあります。東西ヨーロッパの軍事的緊張を解くために、この考えが提唱されました。
OSCEには独自の軍事力を持たない点に特徴があり、日本がモデルにすべき機構でしょう。
国連などによる軍事的制裁を用いず、協調的に安全保障を整備していくという考え方です。

アジアにはARF(アセアン地域フォーラム)という協調的安全保障の枠組みがありますが、中国の現在の暴走を止められていないことから、もっと強力な拘束力を持った枠組みを、日本が主体となって東南アジアに作るべきではないでしょうか。
日本未来マガジンは独自案を作り、政府に働きかけるつもりです。(後日このブログで発表します)

安保法制反対派は、ただ反対の主張をするだけで、日本をどのように守っていくか、という対案を示さないままです。
例えば、まさにここで紹介した協調的安全保障の考え方を、対案としてもっと早く示していれば、中身のある議論ができたことでしょう。
反対派からこのような対案が出なかったことを、非常に残念に思います。


平和とはなにか

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私たちが普段仕事をしたり、学校へ行ったり、友達に会ったりするその日常は、平和な暮らしが前提となっています。
その平和はどこからやってくるのでしょうか。
ただ呆然として、その平和は訪れるのでしょうか。

このシリーズを通して、「安全保障」「国防」という概念が少し理解していただけたのではないでしょうか。
少し、違う角度から物事を見るだけで、様々なことがわかります。今回は安全保障論からの解釈でお送りしてきましたが、国際情勢は刻一刻、変化を続けています。

忘れてはならないのは、日本も世界の一員なのです。
日本だけが平和であってはならないし、日本だけで平和を勝ち取ることは不可能です。
その意識を持っていれば、少しは自分たちの国を守るということがどういうことなのか、理解できるはずです。

日本の若い世代に正しい言論と、国際的な視点で物事を捉えることができるように、
今後とも良質な記事を皆様にお届けします。



記事執筆・Mitsuteru.odo
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安保法案シリーズ2 勢力均衝論から見る安保法案

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集団的自衛権の限定的行使を認めるるなどした、安全保障関連法案が本日未明に可決、成立しました。
限定的行使とはいえ、日本の歴史の中で、大きな転換点となりました。

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大阪・南海なんば駅前の、反対派による集会

ここ数日、国民の間では賛否両論、様々な場でデモや集会が開かれ、その中身は別として議論が活発に行われました。
しかしながら、いまだに「戦争法案」「徴兵制」などといったデマが飛び交う現状であります。
国民の理解が得られていない、という世論調査の結果や国民の声がある、と言いますが、果たして理解しようとしているのでしょうか?
正しく理解しようとすれば、恐らく安保法案の必要性がよくわかると思います。
国際情勢の変化、中国の脅威、朝鮮半島の不安定さ、集団的自衛権の必要性・・・。

安保法案の中身を知れば知るほど、戦争を抑止する法案だということに気付くはずなのです。
反対派はそうなるのがわかっているから理解しようとしないのか、それはわかりませんが、そう思われても仕方のない言動を繰り返しているのは事実です。

安保法案は成立しましたが、当ブログでは引き続き、安保法案を安全保障論の観点から解説していきます。
というのも、安保法案が可決したら、安全保障の議論は終わり、ということは絶対にあってはならないからです。

日々、安全保障の状況は変わります。国会のみならず、国民の間でも国を守るとはどういうことなのか、そのことを考え続けてもらいたいと思います。
その意味では、今回の安保法案を巡る様々な議論は、中身を別として、とても有意義なものになったのではないかと考えます。

今回は勢力均衝論から見た、安保法案としてお送りします。
言葉は非常に難しく感じますが、意外とわかりやすい考え方です。

勢力均衝メカニズムという考え方があります。これは、大国の共通行動の枠組みとして発展したもので、均等な国力を持つ大国同士が、国際システムを形成することであります。
この大国の間で秩序維持に関する協調が成り立てば、国際秩序の安定がもたらされる、という考え方です。

実際に、国連の常任理事国や、G7(G8だったが、ロシアが現在は承認されていないため)のような大国同士の共同体が。勢力均衝メカニズムにあたります。
このメカニズムの最大のメリットは
「一国の覇権行動を抑制するために、他の大国が大国間のバランスを維持するための協力と、外交、同盟、大国の役割、戦争などをめぐるルールを共有すること」にあります。

現在の国際情勢に例えてみると非常にわかりやすいでしょう。
中国は海洋進出を図り、東南アジアへの覇権行動に出ています。ロシアに関してはご存知の通り、ウクライナへ侵攻し、クリミアを自国の領土にしてしまいました。
これらのいわゆる帝国主義的な行動を、同じ国力を持った大国同士が監視しあって、抑制していくという考え方です。

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しかし、これらは残念ながら、現代において機能していないことが以下のことから鮮明にわかります。
この勢力均衝論は「平和」の実現が目的ではなく、主権国家システムの維持による「安定」が狙いと定義づけされています。
さらに弱小国の分割や、領土獲得のための戦争などが許されているなどと主張されています。

この点においては、中国やロシアの手法が明らかに勢力均衝論の枠組みで動いていることが明白にわかります。
表向きにはこのような手法を取っているなどとは当然言いません。国際ルールの枠組みの中で、いかに覇権国家であるべきかを日々考えて行動している証になるのではないでしょうか。

以上のことから、推測できるのは勢力均衝メカニズムはもはや崩壊している、ということです。
これまで大国の一員として、または世界の警察官として、国際ルールの中心的プレーヤーだったアメリカが、このメカニズムに欠陥を与えました。
やむを得ないとはいえ、アフガン撤退、イラク復興の失敗、対テロ戦の成果、どれをとってもアメリカの軍事作戦は成功とはいえない結果に終わりました。
その結果、国力の低下とまではいいませんが、アメリカの軍事的プレゼンス、ならびに政治的なパワーは衰えが目立ちます。
それが中国の台頭を生み、ロシアの暴走を許した側面は否めません。あえて今回、勢力均衝論を持ち出したのは、このメカニズムが崩壊しつつあるからです。

かつては「相互核抑止」という枠組みで、このメカニズムは機能していました。核戦争が現実味を帯びた冷戦時に絶大な効力を発揮して、核戦争を回避した時代もあったのです。核戦争=世界の破滅、を意味していますので、国家システムの維持という目的に各国が合致したのです。

では核戦争の危機がある程度回避されつつある現代において、自国を守るために、今後どのような枠組みが重要視されるのか。

それは同盟です。

同盟とは
「ある国が自衛力のみによる防衛に不安を感じた場合に、集団的自衛権に基づいて他国と共同防衛を行うことを定めるものである」
と定義されています。

まさに今、安保法案で話題になっている集団的自衛権という言葉が出てきました。均衝メカニズムが崩壊した今、国家を守り、平和を維持するには同盟関係の強化が必要不可欠なのです。反対派の皆さんにはこの部分を理解していただきたい。日本一国で、国民の命を守ることは不可能なのです。そんな時代ではありません。
日本はアメリカと同盟関係を結んでいます。不思議なことに長い同盟の歴史の中で、集団的自衛権がこれまで機能していなかったのです。
とてもいびつな同盟関係だと言える事ができます。

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さらに
「同盟は外部の仮想敵国の脅威を前提とするが、共通の仮想敵国が存在する場合には、同盟関係は強固になる」
とされています。同盟を結ぶということは、仮想敵国があってのものなのです。
それは冷戦期なら、ソ連。現代ならどこにあたるのでしょうか。皆さん自身で考えてみて下さい。

同盟には2国間で結ぶ同盟もあれば、多国間で結ぶ同盟もあります。
NATO(北大西洋条約機構)はヨーロッパ諸国の同盟で、2国間の日米安全保障条約と原理的には同じであります。
共通するのは、外部の敵から共同して防衛にあたるという目的で、形成されたということです。

以上の点を踏まえて、日本に目を向けてください。
また少し、視点が変わったように思えませんか?私はただ、国際論を交えて問題提起をしたにすぎません。しかし、どれも国際的には当たり前の、ごく自然な議論なのです。

日本国内だけ、平和というものは勝ち取るものだという認識が薄いのです。
これからの時代は当たり前のように、平和が訪れる世の中ではありません。
戦争、テロ、領土の侵犯、自然災害・・・。危機は色んなところに迫っています。
もしかすると、我々は気付いていないだけで、歴史の転換期の中で生きているのかも知れません。
それは日本の危機なのか、第3次世界大戦の危機なのか。それほど現在の国際情勢は緊迫した状況に包まれています。

今回の安保法案に含まれる、集団的自衛権は限定的な行使に留められています。
先ほど述べた、同盟の枠組みの中での集団的自衛権の行使にはほど遠い機能に限られます。
それでも、中身のない反対論が行き交う、日本の国民レベルの言論は果たして日本のためになっているのでしょうか?

今回は勢力均衝論から見る、安保法案と題してお送りしました。
次回は、シリーズの最後として、集団安全保障論の視点から安保法案を論じてみたいと思います。

皆さんみずから、日本の将来を考えていきましょう。


記事執筆・Mitsuteru.odo
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安保法案シリーズ 1、安全保障論から見る安保法案の是非

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現在、参議院において安保法案の審議が続いています。
しかしながら、国会ではとても論戦とは言いがたい低レベルな、議論に終始しています。

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本来、国家の安全を守るために必要な法整備をするのは当たり前のことで、普通の国(大衆の言論レベルが高い国)であれば、全国民がまとまって賛成すべき法案です。
なぜ今、この集団的自衛権や安全保障の仕組みを整える必要があるのかを、真剣に考えない「意思のない反対」が多数を占めています。

国会では、発言を問題視したり、防衛省のメモの問題などを野党は取り上げて、攻撃しているように思えますが実際何も与党にはダメージを与えていないと考えます。
それは論理的に集団的自衛権が不必要だと、主張できていないからです。
他の材料を使って、少しでも与党の支持率を下げたい。そのような行動にしか、見えません。

そこで重要なのは一般大衆、いわば国民の政治に対する監視の目が重要になってくるわけです。
与党の間違った政策に目を光らせる。野党の理不尽な手法に騙されない。正しいことは何なのか。それを意識することで日本の言論レベルは上がっていくのではないでしょうか。


論理的な主張を、身につける。それには多少の知識を取り入れる必要があります。
今日からシリーズで、賛否が分かれる安保法案について、安全保障論を用いて皆さんに役立てればと思います。

国を守る手段。いわゆる安全保障の手段には様々な手法があります。日本の場合、現在は攻撃を受けたときのみ個別的自衛権として反撃が可能になっています。
17世紀に活躍したグロチウスという人物は、戦争を「正しい戦争」と「不正な戦争」に区別しました。
当時のヨーロッパでは血で血を争う宗教戦争を少しでも抑制しようという考えがありました。そのなかで主権を守る行為など、「許される戦争」認め、侵略や残虐な行為を禁止する、
戦時国際法を整備することを主張しました。

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これを「正戦論」と呼びますが、現代においてこの解釈が美化されて、シリアやイラクを拠点とするIS(自称イスラム国)は「正戦論」=「聖戦」と解釈しているように思えます。
俯瞰して国際情勢を見ていると、かつてヨーロッパで巻き起こった宗教戦争がの時代に戻りつつあると、私は懸念しています。
この理論だけでも、現在の国際情勢は緊迫していると、説明ができるわけです。

安全保障の手段として、有効的なのは集団的自衛権です。
国連憲章では武力行使は基本的に違法と定められていますが、
「強制行動として安保理が容認した武力行使、個別的自衛権に基づき行使される自国防衛のための武力行使と、集団的自衛権に基づいて同盟国を防衛するための武力行使」
は認めるとしています。
つまり、個別的自衛権は日本がどこかの国から攻撃を受けている事態ですので、当然反撃しなければ国民の命を守れない。

重要なのは集団的自衛権において、「同盟国を防衛するための武力行使」の部分です。ここを理解しましょう。
同盟とは国家の安全を維持するために、現代において必要不可欠です。日本はとても一国だけで、つまり自衛隊だけで日本国民の命を守ることは不可能です。
日本にはアメリカという強力な同盟国がバックについています。これが抑止力です。(敵国からすればアメリカがいることで、日本に攻撃をしにくくなる)
国連憲章に書いてある文章をそのまま解釈すると、
「日本がまだ直接攻撃を受けていない時に、アメリカが危機を取り除くために日本の防衛のために艦船や戦闘機、海兵隊を展開した場合、自衛隊は武器を使用し、アメリカの兵隊を援護、支援をすることができる」
ということです。それはアメリカが同盟国だからです。普段から日本を守るために活動しているからです。

しかし、妄想的な平和主義者が多い日本において、この国連憲章の条文そのままに集団的自衛権を行使することは不可能だと考えた安倍首相は、自衛隊の活動範囲を限定することで理解を得て、少しでも日本の安全、国民の安全を守れる体制にしようと考えたわけです。

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同盟という仕組みは世界のあらゆるところで、結ばれています。NATO(北大西洋条約機構)もヨーロッパの安全保障に大きく寄与しています。

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このような安全保障の手段、特に集団的自衛権という仕組みは長い国際政治の産物として考えて良いでしょう。
国を守ること。つまり安全保障の考え方の基本は、
「誰が、誰を、何から、どのように、守るか」という図式で表すことができます。
「日本は、日本人を、考えられる脅威から、どの手法で、守るか」
この考えができれば、集団的自衛権の重要性が理解しやすくなるでしょう。

安保法案反対派は、国連憲章の条文を読んだことがあるのでしょうか。
左翼派は普段、「人権を大切しろ」「慰安婦問題を謝罪しろ」と国連でロビー活動を展開していますが、その国連の定めたルールを無視していませんか?
国連軽視の考えは、左翼派なのではないでしょうか?

また日本国憲法もしっかり読んでいるのでしょうか。
憲法9条を盾に、集団的自衛権を反対している方々は矛盾しているのではないでしょうか。
9条は平和憲法ではありません。9条の間違った解釈で、日本国民の生命の危険が増えるようでは支離滅裂です。
そして、9条があるから戦争は起こらないとは、どこにも書いていません。日本が攻撃されて自衛隊は国民を守るために、反撃をします。その時点で戦争なのです。

そして集団的自衛権は侵略戦争ではありません。戦争を未然に防ぐために行動する安全保障の一つの手法なのです。

安保法案の賛成意見、反対意見があるのは当然です。
民主主義国家である日本において、言論の多様性は歓迎すべきことです。

しかし、論理が矛盾する主張は日本の将来を危うい方向へ導きかねません。
デモで叫ぶだけでなく、反対する理由を明確にして、論理的に説明できるようになるべきです。なおかつ日本国民をどう守るのか、対案も出すべきです。
そして討論の場で、正々堂々と議論すべきではないでしょうか。

次回は、「勢力均衝論から見る安保法案」と題して、お届けします。


記事執筆・Mitsuteru,odo
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